『 桂 』

2012.05.05

』 と言えば・・・・・桂離宮の事。

今回は桂離宮の話ではなく、写真集についてです。

今年2012年2月6日に90才でこの世を去った写真家への追悼の意味で、写真集を購入しました。

その写真家とは・・・・・・・・・・石元泰博

1921年サンフランシスコで生まれ、幼い頃に一時日本に帰国し、1939年に再び単身で渡米。
第2次世界大戦中にコロラドの日系人収容所に入る。
戦後はシカゴのニューバウハウス(現イリノイ工科大学)写真学科に入学し、ハリー・キャラハンやアーロン・シスキンの下で写真を学んだ。この頃にモホリ・ナギ賞を2度受賞している。
 1953年に日本に戻り、浜口隆一・丹下健三・前川国男・坂倉準三・堀内捨巳・吉村順三 等と交流を持つ。
石元はエドワード・スタイケンとも交流があり、MOMAで開催された伝説の展覧会「The Family of Man」の日本側の出品作品を収集する仕事もしている。
その後に代表作のひとつとなる桂離宮の撮影を開始する。
1957年に第1回日本写真批評家協会作家賞
1969年には、有名な写真集「シカゴ・シカゴ」で毎日芸術賞を受賞。
1996年には文化功労者顕彰に選出。他数々多くの賞を受賞している。

※ちなみに「The Family of Man」は2003年にユネスコの世界記録遺産に登録されています。

『著書解題』・・・・・・内藤廣との「対談」の中で、石元は面白いことを言っている。

石元・・・「桂を始めて見たとき・・・・やっぱり庭なんだよね。何よりも一体感があった。庭に立つと、黒みを帯びた柱・鴨居・廊下の手すりが分割する建物の構成とか、緑の芝生とビロードのような苔の上を雁行する踏み石、そうしたものに独特のリズムを感じて心地よかった。書院の白壁と、わずかに陰影を持つ白い障子がまず目に飛び込んできて、その時、なぜかミース・フャン・デル・ローエの建物を思い起こしたんだ。学生時代に写真技術の演習でミースの建物を練習台にしたことがあるから、それでかな。ミースのピロティと古書院の縁側が一緒になっちゃった。」

内藤・・・・見てすぐに「レイクシュアドライブ」を思い出したのですか?

石元・・・・そう、桂に関しては、古い建築と言うよりも、最初からミースみたいな”モダンな形”をその中に見ていたんだろうね。・・・・・・・・・・。

石元さんの『桂』は先入観もしがらみも無く、とても純粋であり、写真集は、世界・日本を圧巻した。

  ■  「KATSURA」日本建築における伝統と創造        テキスト:ワルターグロピウス
                                       レイアウト:ハーバート・バイヤー

  ■  「」日本建築における伝統と創造             テキスト:丹下健三
                                       レイアウト:亀倉雄策

  ■  「桂離宮」 空間と形                     テキスト:磯崎新
                                       レイアウト:太田徹也

上記3種類の桂離宮を撮影した写真集はあまりにも有名で、それぞれ”グリピウス版””丹下版””磯崎版”として世に出ている。
上記の写真集は入手が難しく,何より高額という事もあり、購入はあきらめました。
今回、私が購入した写真集は・・・・『桂離宮』    テキスト:内藤廣
                               解説:横山正
                               装丁・デザイン:太田徹也

これは「伝統と創造」撮影時の写真に、「空間と形」撮影時のモノクロ写真も加えて再編集したものです。
何といっても、モノクロの『桂』はいい。特にこの写真集の黒の深さには感動です。

石元泰博の
桂以外の作品・・・・・・・・・・ シカゴ・シカゴ  (石元の出世作です。)
                 両界曼荼羅ー東寺蔵 国宝「伝真言院両界曼荼羅」の世界
                 HANA
                 シブヤ・シブヤ
                 色とかたち
                 湖国の十一面観音
                 刻(とき)Moment
 
                                          
ちなみに愛用カメラはもちろん「ライカ」です。

↑・・・・・ニューバウハウスの校長を務めた芸術家『モホイ=ナジ・ラースロー』の本です。
    石元泰博が大きな影響を受けました。